認知症で相続人に意思能力がない場合の手続きの流れと注意点

認知症で相続人に意思能力がない場合の手続きの流れと注意点

ある人が死亡し、遺言書があるときは、その遺言書に従って故人の遺産を分割することになります。

しかし、故人が遺言書を残さずに死亡したときは、遺産分割協議をしなければなりません。

協議が必要であるため、認知症などにより意思能力が無い場合は相続人になれないのでしょうか。

本記事では、認知症で相続人に意思能力がない場合の手続きの流れと注意点についてご説明します。

意思能力がないと相続人になれない?

故人が遺言書を残さずに死亡したときは、遺産分割協議をしなければ、故人の遺産は相続人全員の共有財産のままであるため、故人の遺産を分割するには相続人全員で遺産分割協議をしなければなりません。

具体的には、故人名義の不動産の名義を特定の相続人の名義に変更したり、預貯金の払い戻しを受けたりすることができないままになります。

(最高裁判所は、平成28年12月19日、「預貯金債権は相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割される」との従来の判断を変更し、「預貯金債権は可分債権ではない」との新判断を示しました)

しかし、遺産分割協議を有効に成立させるためには、相続人全員に意思能力がなければなりません。

意思能力とは、事理を弁識する能力(行為の結果を判断することができる精神能力)のことで、意思能力が完全に欠如した人がある行為をしたとしても、その行為は法的には無効となります(民法3条の2)。

そのため、認知症やその他の事情で意思能力を欠く常況にある相続人(以下「Aさん」と呼びます)がいると、そのままでは遺産分割協議をすることができません。

相続人に意思能力がない場合の対応

認知症で相続人に意思能力がない場合の手続きの流れと注意点2結論として、意思能力を欠く常況にあるAさんは遺産分割協議に参加することができません。

そのため、家庭裁判所に対し、Aさんを代理して遺産分割協議に参加する人(成年後見人)の選任を申し立て、Aさんの代わりに成年後見人に遺産分割協議に参加してもらって遺産分割協議を成立させることになります。

成年後見人の選任の注意点

Aさんの成年後見人を誰にするかは、家庭裁判所が独断で決めます。

成年後見人の選任を申し立てた人や、Aさんの親族は候補者について希望を述べることはできますが、家庭裁判所が選任した成年後見人を拒否することはできません。

(この点について、東京家庭裁判所は、「申立人を含めた本人の親族が全員、専門職の関与に反対しているような場合でも、専門職の関与が必要であるとの裁判所の判断が左右されることはない」と明言しています。)

かつて家庭裁判所は、親族を成年後見人に選任していました。

しかし、親族成年後見人による本人の財産の使い込み等のトラブルが多発したことから、本人にある程度の財産があるケースにおいては専門職(弁護士や司法書士等)が選任されることが近年は多くなっています。

また、成年後見人の就任直後に法律行為が予定されているときは、家庭裁判所は、弁護士を成年後見人に選任するとの判断に傾きがちです。

したがって、遺産分割協議が予定されている本件の場合には、親族ではなく弁護士が成年後見人に選任される可能性が高いと言えます。

成年後見開始の申し立ての流れ

認知症で相続人に意思能力がない場合の手続きの流れと注意点下記、成年後見人の選任申立てに必要な書類です。

  • 申立書類
  • 戸籍謄本
  • 住民票
  • 登記されていないことの証明書
  • 定型診断書
  • 手続費用(印紙・切手・鑑定費用)

これらを全て用意した上で、家庭裁判所に電話して提出する日時を予約します。

成年後見人の選任申立ての手続自体はそれほど複雑ではなく、どこの家庭裁判所にも相談窓口があるため、事前に電話した上で相談窓口を訪れれば、家庭裁判所の職員が丁寧に分かりやすく説明し、申立てに必要な書類一式も渡してくれます。

(申立書を提出するのはAさんの住所地の家庭裁判所になりますが、申立書の書式や必要書類は全国どこの家庭裁判所でもほぼ同じものであるため、相談をするのは申し立てる人の最寄りの家庭裁判所で構いません)

下記、申し立ての際に確認しておきたい重要なポイントです。

提携診断書の用意

成年後見人の選任する際には、Aさんの主治医に頼んで、家庭裁判所からもらった定型診断書を書いてもらう必要があります。

提携診断書がどうしても準備できなかったとしても、それだけで申立てが認められないということにはなりません。

しかし、以後の手続が非常に面倒になり、より多くのお金と時間と労力がかかることになります。

鑑定費用が必要

主治医に提携診断書を書いてもらったとしても、家庭裁判所は、原則として医師(通常は提携診断書を作成した主治医)に鑑定依頼をするため、1件10万円程度の鑑定費用がかかります。

この鑑定費用は、家庭裁判所の定めた期限内に申立人が納付しなければなりません。

ただし、認知症を理由とする後見相当の意見が付された診断書が提出されたケースでは、見当識や記憶力などの障害が大きいことが診断書に明記され、長谷川式認知症スケールなど各種検査の結果が低いレベルにあれば、例外的に鑑定をしないことがあります。

そして、成年後見人が選任されると、本人が死亡するか意思能力を欠く常況から脱出するまで成年後見をやめることはできません。

成年後見人が専門職のときは、月額2万円から6万円程度の報酬が発生し続けることになります。

(報酬額は、家庭裁判所が全くの独断で決めます)

おわりに

本記事では、認知症で相続人に意思能力がない場合の手続きの流れと注意点についてご説明しました。

相続人のうちに意思能力を欠く常況にある人がいると、成年後見人を付けない限り遺産分割協議をすることができなくなってしまうため、注意が必要です。

(遺言書があり、その遺言書の記載どおりに相続をするのであれば遺産分割協議は不要です)

相続人の中に意思能力が無い方がおり、どのように進行すれば良いかが分からない場合は、ぜひ当事務所にご相談下さい。

最終更新日 2024年7月6日

この記事の監修者
弁護士・監修者
弁護士法人ひいらぎ法律事務所
代表 社員 弁護士 増田 浩之
東京大学経済学部卒。姫路で家事事件に注力10年以上。神戸家庭裁判所姫路支部家事調停委員。FP1級。

最終更新日 2024年7月6日

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